K. Aさん 「外側の視点から内側へ。自ら変化になりたい!」
- 2008年2月20日(水) 13:58 JST
- 投稿者:1年E組
1期生 K・Aさんの自分へのインタビューです。
私の両親は団塊の世代で、全学共闘時代をくぐり抜けてきた世代です。そんな両
親に、育てられてきた環境が今の自分に大分影響を与えている気がします。
家庭で政治的な話題が多く、昭和天皇が戦争の責任を負わなかったことに対して
ああだこうだ、今の政治がどうのこうの、とよく話していたような気がします。
小さいので、両親が一体世の中の何に対して不満なのか全くわかりませんでした
が、批判が多かったので、ずっとそういうのがイヤだなと思っていました。市民
運動でも年配の方が多い組織は反対色が強かったりしますが、その世代の特徴な
のかもしれません。今では親の想いはよく理解できますが、そういう状況を目の
当たりにしてきたことがナマクラやSBSの批判ではなくオルタナティブを示すス
タイルに自分が共感する原点なのかなと思います。
私の出身の神奈川県は、割と平和教育に熱心でしたので、9条の大切さや人権の
大切さについてはかなり教え込まれました。原爆写真展も見に行ったし、学校で
も君が代は歌わなかったので、大人になるまでメロディを知らなかったくらいで
す。戦争も絶対してはいけない、軍隊を持たない国だと説明されていました。
でも、自衛隊があるしなんだかおかしいなあ、とずっと思っていました。環境問
題が騒がれていた時期でもあり、ずいぶんと重荷を負わされたもんだ、大人は嘘
つきだしひどいなあと思っていました。なので、ずっと大人になることに対して
抵抗がありました。学校も窮屈に感じていました。よく友達と「心が自由でいら
れる学校があったらいいね」と話をしていました。大人に対して不信感を抱いて
いたので、12歳のときに自分は普通の大人にはならない、子どものときの思いを
忘れないと決めました。
といっても、環境や平和のことに昔から興味関心があったわけではなく、むしろ
習い事や部活動のほうにずっと夢中でした。その意味ではわりと普通(?)の子
どもだったと思います。
そんなバックグラウンドもありますが、自分の思いを強く動かしたのは高校のと
きの歴史の先生でした。
それまで授業はつまらないものと思っていましたが、この先生の授業は最高の授
業でした。歴史を「物語」として初めて語ってくれた先生。近現代史は、隣人で
友人・家族であった人々の殺し合いの連続でした。自分が生きているこの同じ世
界で、どうして中国の文化大革命やポルポトの虐殺、ユーゴ紛争などのようなこ
とが起きたと信じられるだろうか、と絶えられない気持ちになりました。授業を
聞くといつでも胸がいっぱいになり、先生の話を決して忘れたくないと、何度も
話を頭にすりこみました。昨日まで仲良くしていた隣人を、政治が変わることに
よってなぜ突然敵になり、殺すことまでできてしまうのか、とても理解に苦しみ
ました。
その一方で、自分が海外で経験した話をいきいきと語り聞かせてくれる先生。た
くさん本を読んでいてとても博識。そんな先生を尊敬し、「自分もあの先生みた
いになりたい」と思って、大学に入りました。
SBSを知ったのは、大学のゼミの課題図書だった『スロー・イズ・ビューティフ
ル』がきっかけでした。かねてから国際協力を勉強したいと思っていたのです
が、興味を持って入ったゼミは政治学思想でした。
「国は本当に必要なのか?」
「なぜ働かなくてはいけないのか?」
そんな問いが投げかけられました。
「何を言ってるの。国がなくちゃみんなバラバラになっちゃうじゃないか」
「バラバラになって、何が不都合になるの?」
「働くのは義務。生活するためには当たり前」
「いつ、そんな風に決まったの?」
問いを繰り返すうちに、適切な答えを出せないことに気がつきました。
今まで極当然だと思っていたことに対して疑問を突きつけられ、いかに自分が常
識にとらわれているか、そのことについて考えていないかを知りました。
今まで勉強は義務としてやってきましたが、そこで、初めて学問というものが面
白いと思いました。今まで自分が何に興味があるのかわからなかったけれど、こ
んな学問こそが自分が興味のあることだったんだ、と思いました。
ゼミで行った作業は、社会に対して疑問を抱くこと、構造を解き明かしていくこ
と。その作業は面白いものでしたが、いろいろ知ってしまうと、とてもではない
けれどももはや普通の会社には勤められません。その仕事が本当に必要なのか、
誰かを搾取しているのではないか、調べていけば絶対に納得ができないからです。
大学3年になっても就職活動になじめず、自分が働くということを実感できない
日々。生活のためにやりたくない仕事をしなければならないのかと思うと希望を
もてませんでした。
そんなある日、忘れていた本棚に目を留めて、見つけた「スロー・イズ・ビュー
ティフル」。「スロービジネス」の章が輝いて見えました。ここにヒントを見出
せないだろうか、とふと思ってネットで調べると「スロービジネススクール」な
んてものが出てきた。
衝撃を受けました。これこそが自分の求めているものなんじゃないかと。ありそ
うでなかったもの。探していたけど見つからなかったもの。今思ってみても、あ
の衝撃は間違っていなかったのだなあ、としみじみと思います。
そして「今」。思えば、自分はいつでも「外」ばかりを見てきました。学生の頃
は外国に興味を持ち、外国の問題を、過去そして現在の歴史の問題を。SBSでは
環境問題を、あらゆる社会の問題を。外国を知ろうと、外国に行って日本を知
り、外国人を見て、「日本人」である自分を知る。日本の他の地域を知りたいと
訪れて、自分の地元を知る。「外」を見続けるうちに、次第に「内」へとベクト
ルが向かっていきました。そして、最後は「自分」。自分自身と対話しなければ
ならないことに気がつき始めました。
これはかなり衝撃的なことでした。外の問題ばかりに目を向けていましたが、自
分の「問題」をおろそかにしていたのです。SBCの事務局で、仕事をすればする
ほどそのことに気がつくようになりました。今まで、自分をずっとそこらにほ
うっておきました。ほうっておいたことにすら気がつきませんでした。「外」ば
かりに一生懸命になって、「外」ばかりを変えようとしていました。でも、自分
をほうっておいて、どうして「外」の問題をどうにかできるだろうか、自分自身
を変えることすらできていないのに、どうして「外」へとコミットできるだろうか。
自ら変化になるためのヒントを必死に見つけようともがいています。見えそうな
のに、つかもうとするとすっと逃げてしまいそうなかすかな光。もうひとつ違う
次元にいる自分、自分の中のあらゆる可能性を秘めた力。でも今の自分にはそれ
が見えておらず、どうやら信じることもできていない。けれども人は、そこにた
どり着けばあらゆることを超えられるのだという。SBSの同僚Yさんは、それを「内なる
力」と表現していたのでしょうか。遠藤周作は『深い河』のなかで「大きなたま
ねぎのような存在」と表現しています。私はそれを「外」に見出していました
が、どうやら「内」にあるようです。自分の中に、大きなたまねぎが。
いつか、SBSとの仕事の中で、そこへたどりつけますように。
- スロービジネスクール公式サイト: K. Aさん 「外側の視点から内側へ。自ら変化になりたい!」
- http://www.slowbusiness.org/article.php/200802_egumi_kadai_c