「スローには無駄がない」 染矢弘子(大分在住 SBS5期生)
生きて体験する中に、無駄なものなんて何一つない。
例えば遠回りだと思われることだって、後になって気付いてみれば、
その時の体験が役に立ってたということが良くあります。
「スローイズビューティフル」を読んでいると、
ミヒャエルエンデの「モモ」の一説が出てきますが、
高校時代に「モモ」を読んで、その時間に対する感覚に感銘を受けました。
一般的にみて、割とのんびりした生活を送り、のんびりとした性格であると
自負してますが、そのときに初めて、自分の存在価値のようなものを
見いだした気がしました。いったい、人の価値とは何でしょうか?
時間とは?空間とは?いつもそんなことを考えながら、20代を過ごしていました。
そのときに「スローイズビューティフル」に出会っていたら!?
いえ、きっと今ほどの深い気付きはなかったことでしょう。
のんびりした性格であったにせよ、一日20時間働く毎日を送ったりもしてましたから、
いろんな時を過ごしたからこそ、いま「スローイズビューティフル」を読んで、
スローであることの本当の美しさを感じることができるのだと思います。
スローであることの定義を自分なりに云えば、
「ハテナが生まれたら、自分で感じて、納得するまで感じて、まわりに伝える」。
納得する為に人に聞くこともあるでしょうけど、
要は過程を楽しむことではないでしょうか。
そこに、出会いがあり、別れがあり、感情が生まれ、愛が生まれ、
家庭が生まれ、地域が根付き、文化が生まれる。
スローには無駄なものは必要がない。
スピードが生まれることによって、欲望も生まれ、
悲しみや憎しみが苦しみが生まれて、やがては争いへと発展してゆく。
そうして考えてみると、日本文化を紐解いて、日本人の古来からの習慣をみると、
いかにスローを楽しむ民族であるかが、よく分かります。
まず見えないものを感じるこころを持つ民族であったということ。
例えば、見えない月をうたに詠む。見えない香りをうたに詠む。
簡素な中にすべての宇宙を込めた茶の世界。
能や狂言など、見えない世界を現す。など、まさにスローな感覚でなければ、
生まれなかった文化だと思います。
その世界観はまさに究極の美。争いと対局にある無心が生んだ文化。
そして、江戸の循環社会。昔に還るのが良いとは思いませんが、
「スロー」や「スピード」をキーワードにして、今と昔を比較してみると、
本来の生き方のようなもの、あるいはそのヒントが見えてくるのかな?と感じました。
photo by someya
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