あと2週間だけ、生きることができるとしたら、
みなさんはどんなふうに過ごしているでしょうか。
誰とどこで何をして、どんなふうに過ごしているでしょうか。
「原子力発電がとまる日?脱原発化を選んだ、ドイツからのメッセージ?」は、
私たちにそう語りかけているようです。明日の過去になる今日を、
どんなふうに生きていくのか、なにをだいじにして暮らしていくのか、
たくさんの選択肢の中で、生命としてどうしても譲ることができないものを教えてくれています。
特に、第7章の「原子力は安全?」では、
「原子力の本質的な危険は、コントロールできない。」と明記されています。
「安全か、危険か」それは、命が育まれる方向に向かっているか否かということでしょう。
そして原子力は、残念ながら、命を育む方向に向かっていないことが分かっています。
そしたら選択肢は一つしかありません。それは、「手放す」ということです。
その昔、「科学がハッタツして、いろんなことが機械化されたら、
ラクになって、お金が増えて、豊かになって、幸せになる」って
信じていた時代がありました。けれど「お金が増えて」のところまで辿り着いた時、
そうではなかったことを、私たちは今、日々体験しています。
吉野源三郎が「君たちはどう生きるか」という本の中で、
いろいろな世の中の出来事のうち「人類の進歩の流れに沿っているものだけが、
素晴らしいのだ」と述べています。「人類の進歩の流れ」とは、
命を育む方向に沿っているものであるということでしょう。
青く澄んだ空の下、緑の木々や枝葉が優しい風に揺れて、
小鳥のさえずりを聴きながら、家の周りでは、
子どもたちは笑いながら走りまわっている。畑や周りの木々には、
その時期に実る野菜や果物があちこちに実り、
食事のために必要な分だけ収穫を愉しむ。やがて陽が沈み、
家族や友人と一緒に食事を囲み、お互いに話したいことを持ち寄り、
夕日が沈んだ後の暗闇に暖かい火を灯す。
「ああ、今日も命が喜んでいるなぁ。」と、大きく深呼吸をしながら、
命にとって当たり前の、優しい時間をゆっくりと味わっている。
手放した後の空いた手に、私たちが受け取る暮らし。
どうも、そんなに遠い先のことではないようです。
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